都市産業を考える 7
大田区内の機械加工企業の一例を挙げます。
従業員100人くらいの会社が地方に移転し、70人の主力向上をそこにつくりました。
そして大田区に30人くらいの生産部隊を残しました。
この際、従業員1人当たりの利益率は大田区に残した向上の方が圧倒的に高いのです。
この認識は大田区内の実力のある経営者のなかでは共通のものといっていいでしょう。
世代交替の意味合いでいっても、彼らがいろいろな工業界組織をつくり、お互いに自分達の子供を育成していく場合、これらの残した工場はその教育の場となってきます。
そこでは、経営と技術の両方を実践的に学べるからです。
大田区の工業は特殊な世界であるかもしれませんが、経営者育成の面ではいい意味でのギルド的要素を持っているところがあり、面白いですね。
これに関連して横須賀の工業について考えてみましょう。
横須賀はもともと港町であるので、大きな造船の工場があり、そこに依存する下請企業がたくさんありました。
この造船所群の一部はウォーターフロントの遊休施設になってしまい、いまその跡地をハミルトン ベンチュラなどブランド時計を売るショッピングセンターやリゾート施設に転用しようという話があります。
しかし一方で、旧軍時代のいろいろな施設が民間に解放されましたが、その一部を使って、日産自動車は大規模な工場と輸出基地をつくりあげました。