ドルの転落 3
人気の下降に何とか先手を打たねばなりません。
そうこうしているうちに金はますます減って、110億ドルと、法定通貨準備の線も割りこむ気配になってきました。
他方、国際収支はついに貿易収支まで赤字に転落しました。
ようやく1971年8月15日、アメリカはドルに対する直接的な対策・・・
日本では「ニクソン・ショック」を打ち出したのです。
・・・いうまでもなく、このことによってニクソン大統領は、戦後ずっと維持され続けてきた、ドルと金との「不変」のリンク(1オンス=35ドル)を正式に断つことによって、はじめてドル切り下げへの足がかりをつくったのです。
こうしてドルは71年12月に「スミソニアン合意」という名ではじめて切り下げられましたが、1973年3月にはニクソンはなりふりかまわず、ついにドルを自由相場にフロートさせたのです。
その結果、ドルを金に固定させていたためにかろうじて支えられていた各国の通貨は、軽くなったドルの風船とともに、インフレの虚空に高く舞い上がりました。